早期からインターネットのビジネスモデルを構築し、長野県上田市を拠点にしつつ、メールによるニュース配信やCNET(過去)やHOTWIRED(WIRED VISION)の翻訳記事、ニュースサイトなどを幅広く展開してきたガリレオの赤木さん(元社長)が10月4日になくなった。奇しくも私の息子の誕生日だった。
日本発の本格的なブログ解説書「1日5分の口コミプロモーションブログ」(共著)の冒頭をかざったのがガリレオドメインで運営されていたブログ「古民家再生日記」[L]、これを執筆しているのは赤木さんの妹さんだった。それで、当時、上田市まであいにいったのをよくおぼえている。赤木さんのブログにもその時のことが残っている[L]し、「古民家再生日記」にもそのことが書いてある[L]
6年前のある日
「おまえ、いつかインターネットだけで受注が殺到する時代が必ずやってくるから
騙されたと思って、毎日の日常を更新してゆけ!」
「ホント?????それだけで受注につながるの?ちょっと?大丈夫?」
兄の事なんかさ?らさら信用してない愚妹ですが、疑心難儀で始めたのがこのブログなんです。
でも、当時今みたいに誰でもブログをしているような時代ではなく、
国内企業ナンバーワン!との事で、東京から取材が来て、ブログを始めてみませんか?
見たいな本に取り上げられたのが2回もあるんです。
6年まえか、それでもよく覚えている。
その当時のブログでこのように表現している[L]
、、、いや、だから、おぼえている、どころではないんだ。
その時の写真をいまもパスポートケースの中にずっといれているし、その時、おあいしたガリレオのみなさんとは今も仕事をしている。赤木氏はもっとも尊敬できて、共感できる方だった。この出会いは私の運命をかえた、といっても過言ではない。
ずっと何かおもしろいことを一緒にしようと考え、話あっていた。
病気になられるまえ、一緒にビジネスをしようと山手線の中でお互い意思をかため、束ねた気持がほどけないようにと新幹線のまどからいつまでも手をふった。その日のことを忘れることができない。
赤木さんが病気になられるまえ、私のほうが病気にかかり長い闘病生活にはいった。
だから、赤木さんは自身の病気を何もつたえてこなかった。私が完治したときは、悪化していたらしく。他の人にきくことができなかった。結局、病状等わからず、ただひたすら、またご一緒におもしろいことができるかと心まちにしていた。
つい最近、Skypeがオンラインになったのをみたのに、声をかけられなかったことがくやまれる。
くやしくて、残念で、涙がとまらない。せめて赤木さんのような人になろう、と心から思う。
赤木さん、いろいろはなさなければならないこと、おはなししたいこと、山ほどあったのですが、とても残念です。いつも支えてくださってありがとうございます。おあいできて本当に本当によかった。ありがとうございました。一生忘れません
こころより御冥福をお祈りもうしあげます。
また、いつか、赤木さん
「赤木順彦さんを偲ぶ会」が2008年11月28日19時より池袋某所で開催されます。御心あたりのかたは ご案内をさしあげますので、下部メールフォームからご連絡ください。
blogより
そういえば、ガリレオの赤木さんが亡くなられたらしい。まだ43才だって、若いよねぇ。切ないよねぇ。前の会社でホットワイアード(現:WIRED VISION)とかの関係で知り合ったんだっけか。一度上田にもお邪魔して夜中まで飲んだ記憶がある。あ、あとガリレオ社の新聞速報メールみたいなのも購読してたっけなあ。ご冥福をお祈りします・・・・。
赤木さん、シンガポールから日本に刺激が与えられるか 挑戦します-加藤順彦 PanAsianな視座で行こう
ネット黎明期からのオピニオン・リーダーでした。またc|net、Hotwired、internet.comといった海外ニュースサイトの国内提供を、インターネットを活用して裏側で支えるガレリオという会社の創業者でした。
いっぽうで、こよなく愛する長野県上田市にて職住を共にすることに徹底的にこだわり、そんな自らのライフスタイルをもって、強く提唱するインターネットによって実現するユビキタス・ワーキング/バーチャル・オフィスを自ら体現する行動の人でもありました。
Log the Endless World ? Blog Archive ? ガリレオ赤木順彦氏急逝を聞いて
昨日もいつもと同じようにブログの巡回をしていたら、maskinさんのブログのタイトルで表題のことを知り、非常に驚いていました。赤木さんの長いインターネット業界歴から見れば、私は非常に付き合いの浅い方ではあると思うのですが、CNETの日本法人立ち上げからしばしばお付き合いのあった身として、心からお悔やみを申し上げたく、また少しでも赤木さんのことをブログで触れさせて頂くことでその業績を片鱗だけでも書き留めておければと思っています。
「赤木順彦さんを偲ぶ会」のご案内 (うえはらぶろぐ)
このブログをお読みの赤木さんと交友のあった皆様方
下記、謹んでご案内申し上げます。
一人でも多くの方にお運びいただければ幸いです。









1件のコメント
マスキンさん!こんばんわ。
なぜか?兄の残した軌跡が見たくて、検索してたら
たどり着きました
お元気でしたか?
あの日、マスキンさん達と飲み会した日、撮った写真が遺影となりました。あのころの兄が一番輝いていました。
お世話になりました。
志半ばで、死を選んだ兄に、強い悲しみに暮れていました私ですが、43年という短い間でしたが、兄が頑張ったことは、みなさんに認めていただけていると今日初めて、実感しました。
兄が、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
どうか、どうか、マスキンさん!
しんだ兄の分まで、長生きしてください。
かわいいおくさまとおぼっちゃまがあなたの味方です。
あたしも、死んだ兄の分まで、しぶとく、生き続けます。
また、お逢いしたい!です。
[Reply]
maskin Reply:
5月 13th, 2009 at 3:06 PM
@鮫島久美, 鮫島さん、ご連絡ありがとうございます。
あの日からずっと手帳にその写真をいれています。
私の人生にとってとても大切な瞬間です。
赤木さんがなくなったことは、今も時折..ドンと突然に、重みを増した大木が横たわるように、私の目の前を覆いつくします。
ただそれはマイナスではなく、プラスに働いているようです。
赤木さんが拓いた道を、次の世代に引き継ぐべく前に進もう、そんな意欲に満ちています。
私もみなさんに是非お会いしたいと思っています。
上田には、お伺いするつもりで時期をみはからっています。
(あの子も、もう小学2年生です!)
その際はよろしくお願いいたします。
[Reply]
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ガリレオ赤木順彦氏急逝を聞いて
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