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「たけしの日本教育白書2008」レスポンス(1) 怒ることが ’しつけ’ と勘違いしている親が多すぎる

22-11月-08 小雪 仏滅 by maskinTwitter


たけしの日本教育白書2008、考えさせられる番組でした。

最終局面で「しかる」がもちあげられていましたが、「しかる」ではなく「しつけ」を僕は主張したい。

というわけで、1年半前に書いたエントリーをレスポンスとして再投稿します。
http://www.metamix.com/272.php

また、子供に関することです。

先日、とある昆虫博物館にいってきたのですが、3歳に満たないくらいの子が号泣しているので、何事かと?、息子とそばに行ってみると、お母さんが真っ赤な顔をして黙りこくっているんです。周りに池もあり、3歳児が動転して落ちたりしないかと、息子と”どうしたのかな?”なんて言いながら近寄ってみると、お母さんが急に大声で怒鳴り出しました。

なんで何度いってもわからないの!!だめといったらだめなの。わかるまで、許さないからね!

こっちが怖くなるくらいの怒号で、小さな男の子は、恐怖に負けてわけもわからず、ウンウンといっているんです。

よくありがちな「叱りシーン」のように見えるのですが、相手は3歳以下。話もわかるかどうか微妙な年代。言葉がちゃんと話せない子も多く、自分から説明したりすることもできない、まだ、おむつも離れているかどうかわからない乳幼児なんです。

お母さんもイライラがつのったりしているのかもしれないけれど、これを「しつけ」と思っているのなら、大間違いだということに気づいてもらいたいものです。子供は恐怖を感じるだけで、なにもしつけられてない。

このことについて、ショックを受けた、僕の息子と少しこのことについて話してみました。
私:「かわいそうだったね。」
息子:「うん。同じことをされたら、嫌だと思う」
私:「怒られたあの子は、よい子になると思う?なれると思う?」
息子:「僕は、怖くてたまらないだけだと思う。何もする気にならない」
私:「お母さんは、怒るだけで、あの子に(あぶないということを)教えようとしなかったね」
息子:「どなったって、僕はわかんないよ」

最近のニュースでもよくありますが「しつけで殴った」という事件。力余って殴り殺したり、日常化していたり。まるで暴力に教育的効果があるとでも思っているかのような親、そしてそれを容認する社会の存在が怖いと思いませんか? 現在三十代の僕たち、いや、僕の田舎だけかもしれませんが、軍国主義の名残か、暴力をふるう教師はあたりまえのようにいましたね。竹刀を振り回す教師が、学校の中を闊歩している・・・異常ですよね。

これらはただの暴力ですよ。
暴力に、抑止力はあるかもしれないけど、何かを理解するプロセスに何の手助けもしてくれません。

厳しく叱る必要があることもあります。間違いが大きなリスクを負うのを防ぐためなどです。この場合、「(子供に)理解してもらい、ルールや考え方を身につけてもらう」という目的があるわけです。感情に任せて怒るのは、言葉の暴力以外のなにものでもありません。

「しつけ」という言葉を大字泉で引いてみると、しつけ糸のことが書いてありました。

裁縫で、縫い目や折り目を正しく整えるために仮にざっとあらく縫うこと

しつけも、これと同じで、子供たちに、道筋を与えることだと思います。
子供たちが自分たちで理解し、自分であるけるように。
決して、きつく糸を縛ることではなりのです。

save the children

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22-11月-08 by maskin

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