子供は親や周辺の人を見て育つ、そんな定石に誰も異論は無いと思います。子供は親との生活や、周辺の生活環境に育てられる。
そう、だから、今盛り上がっているいじめ問題は、親をはじめとする周辺の大人によって生み出されていると思う。子供がおかしいと言うが、親がおかしいんじゃないか?周りの環境が狂ってるといえるのではないか。子供の喜怒哀楽を丸ごと抱きしめる大人がいるか、押さえられない自分に暴走する子供を叱責する(怒るのではなく)大人がいったいどれくらいいるんでしょうか。
先日、子供を学校に預ける親と、教師の実情を伝えようとする番組がありました。社会経験のない教師もおかしければ、常識のラインを持たずわがままをいいまくる親もおかしい。だったら、子供がおかしくなるのは当たり前ではないか? 親と先生が建設的な関係を持ったとしたら、子供が一律おかしくなることはないのではないか?
命を守ったことも、真剣に考えたこともない教師が、「命を大切に」といったところで、誰が理解するというのだろうか。一度も守ったことがないのに「君たちを守りたい」とかいう大人が多すぎるのが本当に危機的状況を表していると思います。その前に、自分たちの社会を必死で守る姿勢を見せてほしいと、親として社会に生きる人として思います。
僕は喧嘩っ早い性格もあり、子供がいる中でタバコを吸う人がいたら、呼び止めてやめさせたり、警察を呼んだり平気でします。家内はもちろん、「逆切れされたらこわいでしょ」とよく言われますが、非常識な行動をするひとを今とめなければ誰がやるんでしょうか。事件性のあることに顔をつっこむのは無謀ですが、大人として子供を守らなければならないときはあると思うんです。社会全体がそういった逃げに入っていると思うんです。とにかく対話はしない、恐怖を感じたら逃げて、公権力に頼る。そういったことに始まり、「逃げの社会」が子供に反映されている気がしています。
栃木県今市市の女児誘拐殺害事件は象徴的事例だと思います。この事件では、多くの住民が「怪しい男をみた、変だなと思っていた」のにもかかわらず、誰も守らなかった。変だったら声をかけたり調べるなりして守れ、といいたい。
ただ、教師の世界はおかしいなと昔から思っていました。僕の半生は教師との戦いのような気がしたり。まあ、その辺は自分の親も教師だし、暴露しても仕方がないのですが、教師が汚いと子供も崩れるのは当たり前ですよね。



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