ニューストピックを編集していると、小学四年生 藤崎未夏さんの作文の反響がすごいという記事があったので、探して読んでみた。
鳩山内閣メールマガジン(第9号 2009/12/03)で紹介されている。
私は、生まれつき左足がなくて、義足をつけています。学校生活の中で、足がいたい時やプールの時など義足をはずす時があります。
そんなフレーズから始まる文章。
彼女は義足をつけているのだという。
小学生だから、人の立場になって考える力も弱いだろう。
そして予想通りの展開に。
五月に運動会の練習が始まりました。体育館での練習の時、半そで半ズボンにはだしでダンスの練習をしていました。半ズボンだったので、義足をはめた足が目立っていました。その時、一年生が何人か集まって、
「にせ物の足だ」
と言いました。私は、すごくいやでした。今までも、同じような事を言われてきたからです。だから、いつも足が見えないように、長ズボンばかり着ていました。そして、いろいろ言われるのがこわくて、にげるように義足をかくしていました。本当は、何を言われても気にせずに、どうどうとしていたいと思っていたけど、その勇気がありませんでした。だから「にせ物の足」と言われた時も、がまんしていました。
こういうた反応は伝搬しやすく、誰かが方向をかえないと止まらないものです。
これを変えたのは先生でした。
一年生を集め、義足について話し合いの場を設けたというのです。
一年生はいろいろ聞いてみることで、ひやかしたりはしなくなりました。
たったそれだけの文章ですが、私は以下の部分に心をうたれました。
一年生に、義足の事を分かってもらうために、話をして、いやだった事とか、分かってほしいこととか、自分の気持を伝えられたし、一年生の気持ちもよく分かったのでよかったです。これからは、「にせ物の足」と言われないと思うと「ホッ」としました。
勇気を出して話をしたことで、少しずつ自分の気持ちが変わりました。いやだった半ズボンやスカートがいやじゃなくなり、どうどうとできるようになりました。
私は、今の子供達、いや社会全体に必要なのは
やさしさと勇気
じゃないかと思います。
人の心を知るやさしさ、そして人に伝える勇気。この子たちは、純粋な心で、その二つを同時に得ることができたのではないかと思います。



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