(5月27日,Posted by maskin, コメント:3| トラックバック:7 )
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そもそも「HotWiredBlogを作りませんかー」というプロポーザルから一転、HotWired JapanにBlogに関する記事を書きました。じっくりと書かれた他の記事に比べると内容はかなりざっくりとしていて浮いているかも。
というか単純に、これからBlog始めてみようかなという初心者向けに、面白いところや興味深いところを流すように書いています。多分、今の”日記>Blog”?論争みたいなのが落ち着いて、普通に初心者の人がどどっと入ってきたときに、一瞬だけ参考にするページなのかと。
企画自体は、すごく長い期間練られたという印象で、特集の冒頭を飾る長野さんのインタビューでは、米国でBlogのムーヴメントの中心にいた人たちの生の声が聞け、「Blog後の世界」もしくは「米国のBlog文化」という切り口で過去と現在の所感を学べるようになっています。歴史の教科書読んでいるみたいにとっても参考になりますね。
鋭い洞察力で定評のあるyomoyomoさんの記事は、「これまでのBlog」や「Blogの現状」について、日本の日記文化みたいなものとつなげながらじっくり考察されていてすばらしい限り。日本では今ですら、ごくごく少数のBloggerが動いているに過ぎず、かつツールも揃っていない段階で、まだ文化とは呼べない段階だと思っていたのですが、yomoyomoさんは過去から未来へと時間をシフトすることで、Blogに関する騒動が何だったのか、一本(または複数?)のスジみたいなものを導いてくれます。
あえてここで私の意見を述べさせていただければ、Blogってのは”Blog”に過ぎないという感じです。
日記とか関心空間など、似た機能を持ったシステムはいくらでもあるのだけど、同じように使われていない理由は結構、微小な複数のポイントにあります。
例えばちょとと頭の中で考えてもらえればと思うのですが、テーブルの上に普通の一冊の大学ノートとボールペンがあります。表紙には”仕入れ台帳”とかかれています。あなたはこのノートに何を書くでしょうか?普通のノートなので何でも書けるはずですが、たぶんほとんどの人はそれに日記は書かないはずです。こういうのってアフォーダンスの話とか情報環境の話になってくるとは思いますが、難しい話は抜きにして、この程度のことで事物は人々の中で姿を変えてしまうのです。
”Blogにすぎない”というのは、ツールでもなく形式文化でもなく、またかつ形而上文化というもの言い過ぎで、かつてインターネットの可能性が未知数と感じられていた時代に、みんながこぞって「インターネットとは何か?」みたいなことをいっていたのと同じような気がしているからです。
私は、他の記事に書いている通りオンラインジャーナリズム向けCMSを開発する家庭でMTに出会い、その方向でMTを使っています。かつ、”オンラインジャーナリズムCMS”じゃわかりにくいし、いいところにはやりの言葉があったということでmaskin's Blogと名前を付けました。動機が不純ですね(はは)、だって職業ライターだもの。

お昼前にのぞいた時はComing soooonな感じでしたが、公開されたんですね。これから読んでみます。
投稿者 コグレマサト : 2003年05月27日 15:28
はじめまして!
なのに…すみません!トラックバックがうまくいかなくて3回も入ってしまいました(がぁん)…
修正よろしくお願い致します。
今回の記事、内容的にとても面白いのですが、タイトルがやっぱりなんとなくあれだなぁ、と思ってしまいます。
もったいない(^-^;
でわでわ
投稿者 Eri Odashima : 2003年05月28日 13:28
コメントありがとうございます。
Eriさん、失敗トラバは消しておきました(^^)
記事の感想の方もとても参考になります。ありがとうございます。勉強不足ですががんばります〜
投稿者 maskin : 2003年05月28日 14:34
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